【完全解説】人的資本経営と健康経営の関係性とは?日本企業の最新整理法

はじめに:なぜ今、人的資本経営と健康経営の関係が重要なのか
近年、日本企業の経営において「人的資本経営」と「健康経営」という二つのキーワードが注目されています。これらは単なるバズワードではなく、企業価値の向上や持続的な成長に直結する重要な経営戦略となっています。
特に2023年3月期決算からは、上場企業に対して人的資本情報の開示が義務化され、多くの企業が自社の取り組みを整理・開示する必要に迫られています。本記事では、日本企業がどのように人的資本経営と健康経営の関係性を整理しているのか、最新の情報をもとに詳しく解説します。
目次
- 健康経営は人的資本経営の基盤である
- 人的資本経営と健康経営の基本概念
- 日本企業における両者の関係性の整理方法
- 実践上の統合アプローチ
- 人的資本開示における健康経営指標の位置づけ
- 今後の課題と展望
- まとめ:戦略的な統合へのステップ
1. 人的資本経営と健康経営の基本概念
人的資本経営とは
経済産業省によると、人的資本経営とは「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」と定義されています。
従来の「人材=コスト」という考え方から脱却し、人材への投資が企業の競争力を高め、企業価値を向上させるという考え方です。これは、終身雇用・年功序列という従来の日本型雇用システムからの大きな転換を意味します。
健康経営とは
「健康経営」は、経済産業省の健康経営ポータルによれば、「従業員の健康保持・増進の取組が、将来的な収益性等を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること」と定義されています。
この概念は2006年に「健康経営研究会」が発足したことから始まり、2017年には「健康経営優良法人認定制度」が開始され、日本企業に広く浸透してきました。
2. 健康経営は人的資本経営の基盤である
日本企業では、健康経営と人的資本経営の関係性を「健康経営が人的資本経営の基盤となる」という形で明確に整理しています。
経済産業省の健康経営資本の構築に関する資料では、「人的資本経営を推進するためには、社員のWell-beingやエンゲージメント、能力発揮を最大化する健康経営の推進が基盤となる」と明確に示されています。
つまり、健康経営は単なる健康管理施策ではなく、人的資本価値を高めるための戦略的な土台として位置づけられているのです。
3. 日本企業における両者の関係性の整理方法
日本企業では、健康経営と人的資本経営の関係性を主に以下の方法で整理しています:
① ピラミッドモデルによる整理
「健康経営→エンゲージメント・能力発揮→企業価値向上」という因果のフローを示すピラミッド型のモデルが広く採用されています。このモデルでは、健康経営を土台とし、その上にエンゲージメント向上や能力発揮があり、最終的に企業価値向上につながるという構造で示されています。
② マトリックス整理による関連付け
PwCの健康経営の高度化に向けた手引きでは、「健康経営優良法人認定要件」5項目(経営理念、組織体制、制度・施策実行、評価・改善、法令順守・リスクマネジメント)を縦軸に、人的資本経営の枠組み(人的資本可視化指針、有価証券報告書の開示項目、人材版伊藤レポートなど)を横軸にしたマトリックスで関連性を可視化する方法が提案されています。
③ 具体的指標レベルでの整理
HCM Journalによると、健康経営の代表的な健康指標として以下のものが人的資本経営の中でも重視されています:
- 労働災害関連指標
- 離職率
- 労働時間
- 健康診断受診率
- ストレスチェック受検率
これらの指標は、人的資本情報開示においても重要な健康指標として位置づけられています。
4. 実践上の統合アプローチ
健康経営を人的資本経営の一環として位置づける
人的資本経営と健康経営の関係は次のように整理できます:
- 人的資本経営:企業価値向上のために、従業員価値をあげることを目指す
- 健康経営:従業員価値向上のために、従業員の健康を促進する
このように、健康経営は人的資本経営の土台となる重要な経営手法として位置づけられています。
KPI管理と情報開示の統合
多くの先進企業では、健康経営のKPI(健康診断受診率、離職率、プレゼンティーズムなど)と人的資本経営のKPIを統合的に管理・開示するフレームワークを構築しています。
人材版伊藤レポート2.0では、「CEOとCHROは社員の健康状況を把握し、継続的に改善する取組を、個人と組織のパフォーマンス向上に向けた重要な投資と捉え、健康経営への投資に戦略的かつ計画的に取り組む」ことが推奨されています。
5. 人的資本開示における健康経営指標の位置づけ
2023年3月期からの人的資本情報開示義務化に伴い、多くの企業が健康経営の指標を人的資本情報の一部として開示するようになりました。
特に重視される健康経営関連の開示指標には次のようなものがあります:
- 健康診断受診率:法令遵守の観点からも重視される基本指標
- ストレスチェック受検率とフォロー体制:メンタルヘルス対策の指標
- 労働時間・有給休暇取得率:働き方改革関連の指標
- プレゼンティーズム:健康起因の生産性低下を測る指標
- 健康投資額と効果:投資対効果を示す指標
これらの指標は、単なる健康状態だけでなく、従業員エンゲージメントや生産性、最終的には企業価値との関連性も示すことが求められています。
6. 今後の課題と展望
PwCの調査によれば、健康経営の取り組みを人的資本経営に連動させて活かす取り組みを行っている企業は約52.9%にとどまり、具体的な取り組み方が分からないとする企業も多くあります。
主な課題
- 健康投資の効果測定が不十分:健康投資の効果を適切に測定・分析し、より効率的な健康投資につなげている企業はわずか9.9%にとどまる
- 人的資本経営の取り組みが初期段階:KPIや目標設定、データ収集が始まったばかりの企業が多い
- 統合的アプローチの不足:健康経営と人的資本経営を統合的に進める方法論が確立していない企業が多い
今後の展望
今後は、健康経営と人的資本経営を統合的に推進するためのフレームワークの構築や、健康投資の効果測定と分析を通じた戦略的な健康投資の実現が求められています。また、ESG投資の観点からも、健康経営の取り組みが企業価値にどのように貢献しているかを可視化する動きが加速すると予想されます。
7. まとめ:戦略的な統合へのステップ
日本企業における健康経営と人的資本経営は、「健康経営は人的資本経営の基盤である」という明確な関係性の中で整理されています。
今後企業が取り組むべきステップとしては:
- 健康経営と人的資本経営の関係性を自社のコンテキストで明確化する
- 健康経営施策と人的資本価値向上の因果関係を整理する
- 健康投資のKPIと効果測定の仕組みを構築する
- 人的資本情報開示において健康経営の取り組みを戦略的に位置づける
- 健康経営施策が企業価値向上にどうつながるかのストーリーを構築する
企業が持続的な成長を実現するためには、健康経営と人的資本経営を切り離して考えるのではなく、統合的な経営戦略として推進していくことが不可欠です。