企業における代表的な人材開発の実践

 書籍『人材開発・組織開発コンサルティング』によると、人材開発は、解決したい人材課題・組織課題が何かによって対象者も、その開発手法も多様です。

 人材開発は、多種多様なものを内包していますが、目的に着目すると

1.キャリアステージに応じて行われる人材開発
2.OJTなど、管理職によって現場で行われる人材開発
3.社会課題・経営課題解決のための人材開発

の3つに大きく分類することができます。

1.キャリアステージに応じて行われる人材開発

 キャリアステージに応じて行われる人材開発とは、「従業員のキャリア(職位・ポジション・年齢など)に応じて、その発達ステージに応じた学習内容を学んでもらうための人材開発です。

日本型雇用システムプロセスの各ステージにおいて、職位や職能に応じた階層別の人材開発が実践されます。

例えば、内定者研修、新入社員研修、管理職研修などがあります。

①新入社員研修

日本企業が最も力を入れている人材開発といえば、やはり「新入社員研修」です。

新入社員研修は、新たに組織に加わった新人が、組織の目標を達成するために、必要な知識、ビジネスマナー、価値観などを獲得し、「組織人」になることを支援するために行われます。

人材開発の理論・概念に照合させると、新入社員研修とは、いわゆる「組織社会化」を実現させるための手段です。

②内定者教育

 少子化の影響で採用難が続く中、新入社員研修を前倒しで行うようなかたちで、この10年ほど盛んに行われるようになってきたのが「内定者教育」です。

 これまでは、内定者教育といっても主目的が「同期コミュニティづくり」であったため、懇親会などのイベントが中心でした。

 昨今では、内定者教育に力を入れる企業が増えています。
狙いとしては
(1)入社後すぐに戦力化できるよう、入社前から必要な知識やマインドセットの獲得を目指すことや
(2)組織社会化の時期を少しでも早めることで内定辞退を防止し、人材を引き留めること 
があります。

具体的には、採用時のインターンシップを取り入れたり、インターン(入社後の仕事に近い仕事の一部を任せるもの)を奨励したりすることが増えています。

このように、新入社員向けの人材開発は、新入社員研修をコアとしながら、前後に延びていく傾向にあります。
確実に組織社会化を進め「組織人」になってもらうことに注力しつつ、戦力化教育を充実させていこうというのが、現在の流れと言えそうです。

③管理職研修

 企業内で新入社員研修の次に多く行われている人材開発は、課長・部長といったリーダー層を対象とする管理職研修です。

 典型的なパターンは、2~3日間ほどの期間で、新任管理職が集められ、社長講和があり、事業方向性の説明があり、管理職としての心構えが伝えられた後、評価者研修が行われ、最後にハラスメント研修やコンプライアンス研修があって終わるといったものです。

 昨今では、メンバーの多様化や複雑化によって、現場マネジメントが難しくなってきたことから、2000年代あたりから、管理職研修の内容に「コーチング研修」が加わり、2010年代以降になると、1on1研修やフィードバック研修なども行われるようになりました。

このようにマネジメントの難易度がますます上がる中、さらなる教育投資が必要だと考えます。

管理職が職場の生産性に与える影響は非常に大きいものです。下位10%の管理能力の乏しい管理職と上位10%の管理職を置き換えるとすると、職場全体の生産性は10%以上高くなることが知られています。

また、管理職研修は、本来、管理職になる前から行われるべきものなのですが、日本では多くの場合、管理職になってはじめて管理職の仕事を教えられるようになります。

そのため、新任管理職にとって、マネジメントがより高いハードルとなってしまっている側面があります。

特にチームワークに関するトレーニングや、1on1やフィードバック、コーチングといった人間関係のトレーニングなど、マネジャーがチームを率いて成果を上げるために必要な知識やスキルについては、早くから身につけておくことで、管理職になったときにマネジメントに悩むことが少なくなります。

しかし、新入社員研修に多くのリソースを投下してきた日本企業では、リーダー層・管理職への人材開発投資をそれほど多く行っているわけではないというのが実情です。

管理職教育の強化・充実化は、今後の日本企業の人材開発において極めて重要だと言えます。

④リーダーシップ開発研修

 最近では、管理職研修とは別に、「リーダーシップ開発研修」を行う企業も増えてきています。部長層や本部長層を対象に、経営幹部育成を目的として実施されていることが多いようです。

 一番多く行われているのは、経験学習型リーダーシップ開発を取り入れた「アクションラーニング型研修」です。これは、実践とその振り返りを組み合わせた研修スタイルです。

典型的な例では、参加者をチーム編成し、自社事業・経営課題を分析させ、改善・革新についての課題解決を行わせ、役員・社長の前で発表させるというものです。

その中で、チームメンバー同士で360度フィードバックをしたり、ピアフィードバックを実施したりすることで、参加者は自己のリーダーシップや課題解決に関して振り返り(リフレクション)を行います。

日本では、リーダーシップ開発研修に取り組む企業割合は、まだまだ少ないですが、企業の持続可能性を高める上で、後継者育成に繋がるリーダーシップ開発は、欠かせない取り組みの一つになってくると思われます。

この研修は、社内で完結するかたちだけではなく、他社と連携して実施するという前例もあります。

⑤オンボーディング施策

 オンボーディングとは、ビジネスパーソンが現場で実行できる、新規入社者の迎え入れ及び定着のための施策の総称です。

 これまでのキャリアステージに応じた人材開発とは別に、昨今では、キャリア採用者向けの人材開発、すなわち「組織再社会化」を促進するための施策も多く行われるようになってきました。

せっかく採用したキャリア採用者を「誰一人取り残さない」ことが、オンボーディングの眼目です。

2.OJTなど、管理職によって現場で行われる人材開発

 新人研修、管理職研修、リーダーシップ開発研修などのキャリアステージに応じて行われる人材開発は、仕事から離れて、教室や会議室などで行われる人材開発です。

しかし、本来、働く人が仕事を覚えて成長実感を得るのは、日々を過ごす職場です。

ざっと見積もるとビジネスパーソンは仕事人生は50年。おおよそ10万時間を仕事現場で過ごすことになるのです。
よって、人々の能力形成の中心地は、研修ではなく、仕事現場において、仕事経験を通じて育成される割合のほうが、はるかに多いことが分かります。

これまで、日本では職場・現場における人材育成がいわゆる「OJT」というラベルで行われてきました。
ただ、最近までOJTは「ブラックボックス」になっており、明確な定義もなく、各社でOJTとして何が行われ、どのように人材育成されているのかは、全く知られていませんでした。

こうした流れが変わってきたのが、各企業で行われてきたOJTがどのようなものなのかを捉えて知るための理論として、「経験学習」や「職場学習」という概念が発展し、誰がどの人にどのように関わることで、能力が形成されるのかを可視化できるようになってきました。

その後、「経験学習」の実践として爆発的に広まったのが「1on1ミーティング」です。

1on1ミーティングとは、部下と上司が高頻度に面談を行うことで、経験学習の鍵となる「リフレクション」を促す取り組みです。

1on1ミーティングでは、業務報告や相談を伴うこともありますが、基本的な目的は、部下に日々の経験の振り返りを促し上司が「フィードバック」を行うものです。

フィードバックとは、相手の行動について、どのように見えるかについて現状を通知し、目標設定をして行動の変化を促す「現状通知と立て直し」によって人材開発を行うものです。

このように、かつて「OJT」という名のもと、各企業の現場で様々なかたちで行われていた人材開発は、理論や概念を用いて要素分解されることで、解像度高く可視化され、その全貌が明らかになってきています。

3.社会課題・経営課題解決のための人材開発

 これまでの人材開発は、前述のキャリアステージに応じて行われる人材開発(いわゆる階層別研修)の企画・実施が、大部分を占めており、残りの時間でOJT(管理職によって現場で行われる人材開発)の仕組みづくりを行う、といったものでした。

ところが、この10年ほどの間に、人事・人材開発の仕事は一気に高度化しました。
ビジネス環境の変化、社会情勢の変化に応じて生じる様々な社会課題について、政府や社会から「要請」が出され、各社において人と組織の観点から、そうした課題への対応が求められるようになったのです。

例えば、2015年頃から政府主導で始まった「女性活躍推進」や「ワークライフバランス」、「働き方改革」といったことが広まり、長時間労働の是正を含めた、持続可能な働き方の模索も社会課題として掲げられています。

各社においては、これらを経営課題にいかに落とし込み、人と組織の課題として解決していくかが求められるようになっています。

近年では、経済産業省が旗振り役となって「人的資本経営」といったコンセプトが打ち出されています。
経済産業省によると、「人的資本経営」とは、人材を資本と捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につながる経営の在り方であると定義されています。

具体的には、以下を目指しているようです。

①人材をコストとしてではなく「目にはみえにくい資産」として捉え
②企業戦略に合致したかたちで、人の能力向上への積極的な「投資」を行い
③その情報を継続的に定量化しつつ、市場に開示していく

これらが、人事・人材開発担当者の新しい仕事として求められるようになってきたのです。

また、社会課題だけではなく、自社の戦略上必要な経営課題の解決も求められます。

例えば、デジタル化の流れに対応しDXを推進するためにDX人材の獲得と育成が必要になってきます。

このように、次々にふりかかる社会課題・経営課題に対応し、解決することが求められるようになってきたことで、人材開発の仕事は一気に高度化・複雑化しました。

前述の「キャリアステージに応じて行われる人材開発」「OJTなど、管理職によって現場で行われる人材開発」は、ある程度、現場で社会経験を通じて学ぶことができます。

対して、「社会課題・経営課題解決のための人材開発」は、高度な課題解決能力が求められる非常に難易度の高い仕事であり、かつ、現場で学ぶことが難しいものです。

経営戦略を理解し、現場の状況を見ながら、人材戦略・人事戦略を組み立て、採用・評価・人材開発・組織開発など、どのような打ち手によって課題解決できるかを見極め、様々な立場のステークホルダーと協力しあって進めていくという非常に高度な課題解決ができる人材を、現場だけで育成することはできません。大学院レベルでの人材開発担当者の育成が急務になっていくでしょう。

かくして、かつて研修の実施こそが中心だった人材開発の仕事は、より高度な課題解決(コンサルティング)に変化していくものと思われます。


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