エフェクチュエーションとは?起業家に学ぶ5つの原則と実践方法を徹底解説

 ビジネス環境が急速に変化する現代において、従来の計画的なアプローチだけでは成果を上げることが難しくなっています。そのような中で注目されているのが、エフェクチュエーションという起業家の思考法です。本記事では、この理論の基本から実践方法まで、事実に基づいて詳しく解説していきます。

エフェクチュエーションの基本概念

 エフェクチュエーション(effectuation)とは、成功を収めた起業家に共通する思考プロセスや行動パターンを体系化した意思決定理論のことです。英語の「effectual(有効な、効果的な)」という形容詞に、変化をもたらす働きかけを意味する接尾語「-ation」を組み合わせた造語となっています。

 この理論は、バージニア大学ビジネススクールのサラス・サラスバシー教授によって2008年に提唱されました。サラスバシー教授は、27人の成功した起業家を対象に、起業時の意思決定プロセスについて詳細な研究を実施しました。起業する際に行う10の意思決定について17個の質問を行い、得られた回答から共通する思考プロセスを分析し、その成果を著書『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』として2008年に発表しました。

 従来のビジネスアプローチでは、まず明確な目標を設定し、市場調査や分析を行ってから計画を立てて実行するという流れが一般的でした。しかし、エフェクチュエーションでは目標を最初に設定するのではなく、現在手元にある資源や状況を活用しながら新たな可能性を見出していくことを重視します。

エフェクチュエーションが注目される理由

 ビジネス環境が流動的で変化が激しい現代において、エフェクチュエーションの思考法が注目される理由は複数あります。

 第一に、起業家の特性が体系化されたことで、誰もが「起業家精神」を学べるようになった点が挙げられます。エフェクチュエーションの発表以前は、起業家の成功要因について「持って生まれた才能」や「家庭環境による」といった抽象的な説明にとどまっていました。この理論により、優れた起業家に共通する具体的な思考様式が明らかになったのです。

 第二に、ビジネス環境の急速な変化により、従来の目標設定型手法が機能不全に陥っている点があります。過去のデータに基づいた予測が困難になり、計画通りに事業を進めることが難しくなってきました。現在のリソースや状況を最大限に活用し、新たな可能性を見つけ出すエフェクチュエーションのアプローチが、このような環境下で有効性を発揮しています。

 第三に、市場分析に時間がかかるSTPマーケティングの限界も指摘されています。市場環境が急激に変化するため、詳細な分析を行っている間に競合に後れをとる可能性があります。現状に適合させながら柔軟に対応できるエフェクチュエーションの方法論が、スピードが求められる現代のビジネスシーンに適しているのです。

エフェクチュエーションとコーゼーションの違い

 エフェクチュエーションを理解する上で重要なのが、コーゼーション(Causation)との違いです。

 コーゼーションとは、因果的な思考プロセスのことで、具体的な目標を設定してから達成のための手段を検討する逆算的な方法を指します。まず「求める結果」を明確にして、「これを達成するには何をすればよいか」を考察し、最適な手段を選択するというアプローチです。

 一方、エフェクチュエーションでは、「今持っている手段」を明確に把握することから始めます。そして「この手段を使ってできること」を検討し、可能な結果を構想していくのです。目標からの逆算ではなく、現在の資源からの順算という点が大きな違いとなります。

 両者は対立する概念ではなく、場面によって使い分けることが重要です。過去のデータから予測が可能で、環境の変化が少ない場合にはコーゼーションが有効です。対照的に、情報が不足しており予測不能で、行動によって環境が変化する場合には、エフェクチュエーションのアプローチが適しています。

例えば、新商品開発において、既存市場をターゲットとする場合はコーゼーション、新商品とともに新たな市場を創造する場合はエフェクチュエーションというように、状況に応じた使い分けが求められます。

[出所]ビジネスイノベーションを加速させる エフェクチュエーションとは② エフェクチュエーションとコーゼーション | CLOVER Light

エフェクチュエーションの5つの原則

 エフェクチュエーションは、5つの特徴的な行動原則で構成されています。これらの原則は、成功した起業家に共通する思考パターンとして体系化されたものです。

【テキスト+図解解説】エフェクチュエーションの重要要素であるAskingとは?|グッチ

手中の鳥の原則(Bird in Hand Principle)

 第一の原則は、手中の鳥の原則です。これは、新しい方法を探すのではなく、今手の中にある方法で新しい何かを創造するという考え方を示しています。

 起業家は、自身の限られた資源を最大限に生かして、新たなビジネスチャンスや成果を作り出す必要があります。そのため、まず自分の持つ資源を確認して把握することが重要となります。「スキル」「専門性」「知識」「人脈」「ノウハウ」「環境」など、自身がすでに持っている要素をすべて資源ととらえ、これらをどのように活かせるかを考えるのです。

 この原則を実践するためには、以下の3つの問いに答えることから始めます。「自分は誰か(Who I am)」として自身の特質や強みを明らかにすること、「何を知っているのか(What I know)」として学歴や専門知識、経験を洗い出すこと、そして「誰を知っているのか(Who I know)」として社会的ネットワークや人脈を確認することが求められます。

許容可能な損失の原則(Affordable Loss Principle)

 第二の原則は、許容可能な損失の原則です。この原則では、許容できる損失の範囲をあらかじめ設定しておき、それを超えないように行動することが求められます。

大きな利益を得るためには大きなリスクを伴うことも少なくありません。しかし、エフェクチュエーションでは、起業におけるリスクを最小限に抑えるため、小さなステップで始めることを重視します。仮に損失が生まれても、致命傷にならないラインを決めておくのです。

 この原則に沿って新商品やサービスを開発する場合、一度に大規模な投資やリソースを使うのではなく、小さなスケールでテストやプロトタイプを作成して市場の反応を確認するというアプローチが推奨されます。失敗から学びながら次の機会を探ることが可能となり、事業の持続可能性が高まります。

クレイジーキルトの原則(Crazy-Quilt Principle)

 第三の原則は、クレイジーキルトの原則です。クレイジーキルトとは、形や大きさが異なるさまざまなキルト生地を不規則に縫い合わせるパッチワークの技法を指します。

 この原則では、「顧客」「消費者」「従業員」「競合他社」など、あらゆるステークホルダーとの関係性を構築し、一緒に目標に向かって進んでいくことが重要とされます。従来のように精緻な競合分析を行って競合に勝つことを目指すのではなく、競合も含めた多様なステークホルダーと交渉しながらパートナーとして関係性を築くのです。

エフェクチュエーションにおいて、起業家は競合他社でさえもビジネスパートナーと見なし、双方の事業拡大のために協力して良好な関係を築いていくべきとしています。パートナーの持つ資源を活用することで、より大きな価値を生み出すことが可能になります。

レモネードの原則(Lemonade Principle)

 第四の原則は、レモネードの原則です。これは、失敗作や欠陥品をただ捨てるのではなく、それを活かす方法を考えるという考え方を示しています。

 由来は「粗悪なレモンは、美味しいレモネードにして売る」という英語の諺で、発想次第で失敗が大成功に転じることを意味します。本来の予定や計画とは異なる結果や問題が生じた場合でも、失敗を否定せずに創造的な発想の機会としてとらえ、創意工夫を重ねて新たなビジネスチャンスや価値を見つけ出そうとするのです。

実際の事例として、スリーエム社(3M)のポスト・イットがあります。1968年、3Mの研究者スペンサー・シルバーが強力な接着剤を開発する過程で偶然できた「よくくっつくが剥がれやすい」接着剤を、失敗作として棄てる代わりに活用し、何度も貼り直しができる付箋として製品化しました。

また、浪花屋製菓の柿の種も、レモネードの原則を体現した事例です。1924年、創業者の妻がうっかりあられ製造用の小判型の金型を踏んでしまい三日月型に変形させてしまいました。高価な金型だったため仕方なくそのまま使用したところ、取引先から「柿の種に似ている」という声があがり、それがきっかけで商品化されて大ヒット商品となりました。

飛行中のパイロットの原則(Pilot-in-the-Plane Principle)

 第五の原則は、飛行中のパイロットの原則です。この原則は、常に現状を正確に把握し、状況に応じた行動を取ることの重要性を示しています。

 操縦桿を握るパイロットが、常に計器の数値を確認して現状を把握し、臨機応変に行動していることに由来します。未来を予測してチャンスを待つことに労力を使うのではなく、未来は自ら創り出すものと捉え、自身がコントロールできることに集中して行動することが求められます。

エフェクチュエーションが有効に活用されるのは、情報がなく予測不能で、環境が行動によって変化する場面です。そのため、現状を正確に把握して状況に応じた行動を取り、自ら環境を変えていくことが極めて重要となるのです。

エフェクチュエーションに必要な3つの資源

エフェクチュエーションを実践するには、まず自分自身が持っている3つの資源を確認することから始めます。

①自分は誰か(Who I am)

自分自身の「特質」「魅力」「強み」「能力」などを明らかにします。自分の個性を資源として利用することが、エフェクチュエーションの第一歩です。

②何を知っているのか(What I know)

自身の「学歴」「専門知識」「経験」「スキル」を明らかにします。これらの違いから知識の内容や量の差が生じ、個々の人にとってのスタート地点や目標も異なるからです。

③誰を知っているのか(Who I know)

自分が持つ社会的ネットワークや人脈を明らかにします。直接的な知り合いである家族や友人、親戚のほか、他者を通じて知り合った人までできる限り挙げて資源にくわえます。

エフェクチュエーションの実践方法

 エフェクチュエーションは、起業家だけでなく、企業内での新規事業開発やイノベーション創出にも活用できます。ここでは、実際にエフェクチュエーションを実践するための具体的な方法を紹介します。

 まず、優れた起業家たちの思考プロセスや行動パターンを組織の行動規範として設定することが効果的です。特に「クレイジーキルトの原則」を実践し、あらゆるステークホルダーと積極的に関与して良好な関係を築くと、新たなビジネスチャンスが広がります。異なる人々や組織との連携や協力を通じて、より多くのアイディアやリソースを得られることがあります。

 次に、競争戦略の改善にエフェクチュエーションの原則を取り入れることが推奨されます。近年、急速な変化に対応しながら既存の市場や競合他社と差別化を行うために、過去の枠組みを一新する「リフレーミング」が重視されるようになりました。従来の枠組みを超えたアプローチを行い、関与者と良好なパートナーシップを構築することで、時代に合った競争戦略を展開しやすくなります。

 また、アスキング(asking)と呼ばれるスキルの習得も重要です。アスキングとは、パートナーを獲得するための「問いかけ」のことで、他者に対して資源や協力を提供してもらえないかと尋ねる行為を指します。さまざまな相手から自分の求める協力を引き出すスキルであるため、ビジネスの多くのシーンで役立ちます。アスキングは、実践を繰り返すことで上達するスキルですので、トレーニングを重ねることが大切です。

 さらに、アイデンティティの可視化と共有も欠かせません。アイデンティティは、事業の方向性を明確にし、チームやビジネスパートナーが共有する目標やビジョンを示す役割を果たします。アスキングによって関係を築く一方で、アイデンティティを可視化してビジネスパートナーに明確に伝えることで、共通の目標に向かって連携し、一丸となって事業を推進できるのです。

エフェクチュエーションの成功事例

 実際にエフェクチュエーションの原則を活用して成功を収めた企業の事例は数多く存在します。ここでは、日本企業の代表的な成功事例を紹介します。

 USJ(ユニバーサルスタジオジャパン)を運営する合同会社ユー・エス・ジェイは、経営危機と入場者数の低迷に直面していました。この状況を打開するため、2010年に森岡毅氏をマーケティング担当として招聘し、経営戦略を刷新しました。経営陣をマネージャータイプの人材から、新規事業やマーケティングに精通した起業家タイプの人材に切り替え、「映画好きの大人」中心だったコンセプトをファミリー層や若者に拡大しました。積極的に日本のアニメコンテンツとコラボするなど、「利益の追求」から「顧客をいかに楽しませるか」という経営にシフトし、入場者数を倍増させ、業績のV字回復を遂げたのです。

 浪花屋製菓の柿の種は、「レモネードの原則」を体現した事例として知られています。1924年、創業者・今井與三郎の妻が、あられ製造用の小判型の金型をうっかり踏んで三日月型に変形させてしまいました。当時の金型は高級品だったため、仕方なくそのまま使用して製造したところ、取引先から「柿の種に似ている」という声が相次ぎました。結果的に「柿の種」は浪花屋製菓を代表する大ヒット商品となり、100年を超えるロングセラー商品として愛され続けています。失敗を成功に転じた好例となっています。

 これらの事例は、エフェクチュエーションの原則が実際のビジネスシーンで効果を発揮することを示しています。予期せぬ事態を機会と捉え、手元にある資源を最大限に活用し、ステークホルダーとの協力関係を構築することで、新たな価値を創造できるのです。

まとめ

 エフェクチュエーションは、成功した起業家の思考法を体系化した実践的な理論です。サラス・サラスバシー教授によって2008年に提唱されたこの理論は、予測不能で変化の激しい現代のビジネス環境において、ますます重要性を増しています。

 手中の鳥の原則、許容可能な損失の原則、クレイジーキルトの原則、レモネードの原則、飛行中のパイロットの原則という5つの行動原則を理解し、実践することで、不確実性の高い状況下でも新たな価値を創造できます。

従来のコーゼーション的なアプローチと適切に使い分けながら、現在手元にある資源を最大限に活用し、ステークホルダーとの協力関係を構築し、失敗を機会に変えていく姿勢が、これからのビジネスパーソンには求められています。エフェクチュエーションの考え方を取り入れることで、あなたのビジネスも新たな可能性を切り拓くことができるでしょう。


参考リンク


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