コーチング②_コーチがもつべき3つの視点
コーチングでは、クライアントが何度も困難な成長課題に直面します。途中で前進することを諦めかけるケース、自信を失い全身の意欲を低下させたりするケースは決して少なくありません。
そうしたときに、クライアントに伴走しているコーチに求められることは、クライアントが常に「目的」や「目標」から目をそらさないようにすること、そして前進できる「可能性」に着目し続けることです。
人は、何に関心をもつかによって受け取る情報を変えてしまいます。こうした現象を、専門的には「選択的知覚」といいます。
そのため、部下の目標達成に向けて役立てることは何か、ということに強い関心をもつことで、部下本人すら気づいていなかった「使える能力」を発見することもできるかもしれません。
「人の可能性に焦点を当てる」というスタンスは「アクノレッジメント(承認)」というコーチング技法です。
人は、自分の行動から自身の成長や変化を実感していきます。そのため、クライアントに現れる日々の違いや変化、成長、成果をコーチがいち早く気づき、伝えることで、クライアントには達成感とともに次に起こす行動を促進するエネルギーが備わります。コーチは特に、次の3つの視点からクライアントを「承認」します。
①存在承認:相手の存在に気づいていることを伝える。
あいさつや、相手の状態を具体的事実として伝えます。
②成長承認:成長点を的確に伝える
相手の変化や成長に関わる事実を伝えます。
③成果承認:成果を伝える
成果を伝える「成果承認」は「ほめる」ことともいえます。さらに、クライアント自身が成功体験を言語化することでもモチベーションが上がるため、それを聞き出すこと自体が承認になる、ともいえます。
優れたコーチは変化を指摘し、成長を実感させます。具体的には、人の繊細な変化を決して見逃さず、クライアントの「変化成長」を発見しようとしているのです。
コーチが目指すのは、短期的な目標を達成するための支援だけではなく、「成長を出し続けるための能力開発」です。そのためには、目の前の目標達成を話題にしながらも、今後、クライアントが走り続けるうえで必要となる「思考・行動の習慣」に焦点を当てる必要もあるのです。もし、クライアントが、担当者から管理者に昇進したのを機にマネジメント力を強化したい、と願っているのであれば、自分が動き自分が成果を上げるという担当者としての「習慣」から、部下を通して部下に成果を上げさせる、という管理職の「習慣」へとシフトする必要があるかもしれません。
思考や行動の「習慣」を自らの力だけで変えることには、最初は困難が伴います。そこで最初は私たちコーチが、「習慣への挑戦」という困難を乗り越えるための支援を行います。そして次からは、クライアント自らが自身の習慣を変えることができるようになることを目指します。
このような、自力で自身に変化・成長をつくり出すことができる「成長のエンジン」を搭載することが、コーチングの長期的なゴールになるのです。
また、コーチングは目標達成→成長実感→自己効力感というプロセスでもあります。
言い換えると、目標達成を支援するだけでなく、その達成をもとに、クライアントの内面に深い自信を構築していくプロセスでもあります。
人は、一つひとつのハードルを乗り越えていくことで、次第に自信を深めていくことができます。
そして、自らが周囲に能動的に働きかけることで、周囲に影響を及ぼすことができるのを理解するのです。
コーチがもつべき3つの視点
これまで、コーチングの目的はクライアントに成果を上げ続ける人に成長してもらうことであるということを説明してきました。
続いて、コーチがクライアントの状態を把握するための「3つの視点」について説明します。3つの視点とは、以下になります。これを「PBPの視点」と呼びます。
・Possession(身につけるもの)
・Behavior(行動)
・Presence(考え方、信念)
①Possession(身につけるもの)
第一に、目標に向けて必要な知識・スキルを身につける必要があります。
例えば、はじめて管理職になった方はマネジメントスキルが十分でない可能性があります。
・定例業務の進め方や部下の状態の把握といった毎日のことから、
・課の計画の立て方、評価面談のやり方、重大なクレーム対応
ということまで、管理職としての必要な知識・スキルがどの程度備わっているかを考えることがPossessionの視点です。
Possessionの視点からの質問例
・理想の状態に近づくために自分に必要なものは何ですか?
・目標達成のためにはどんな分野が必要ですか?
・自分がいまもっている知識やスキルで使えそうなものは何ですか?
こういった対話を通じて、必要なスキルや知識を明確にし、それを獲得するためのアクションプランをつくります。
②Behavior(行動)
次に、Possesionを活かして行動(Behavior)を起こす必要があります。目標達成の計画を練る、部下一人ひとりに目標を伝える、指示する、相談に乗る、数多くの行動が積み重なり目標は達成されます。
コーチはクライアントがどんな行動をするか、どれくらい行動しているかなどをBehaviorに注目しコーチングを進め、目標達成を支援します。
Behaviorの視点からの質問例
・やろうと思っていて実行できていないことは何ですか?
・目標を達成するために今日からできていることは何ですか?
・次回のセッションまでにどんなことをやりますか?
こういった対話を通じて行動に働きかけ、目標達成のためのアクションを促進します。
③Presence(考え方、信念)
必要なスキルを身につけ、それを活かして行動しても、それだけではうまくいかない場合があります。
それは、頭で分かっていても、本心でわかっていないことがあるからです。
例えば、プレーヤーとして承認を受けてきた方は、メンバーの成績ではなく自分の成績を上げるのが良いと思ってしまう場合が挙げられます。
Presenceの視点からの質問例
・あなたが大事にしている価値観は何ですか?
・環境の変化に合わせて、自分が変化すべきことは何でしょうか?
・その目標を達成することは、あなたにとってどんな意味がありますか?
PBPの3つの視点はそれぞれ独立しているのではなく、クライアントの中でそれぞれ関係しています。
1つにこだわり視野が狭くならないように注意する必要があります。
注意すべきなのは、PBPの視点における必要な変化をコーチが決めるわけではないということです。
コーチは質問することで論点を投げかけますが、最終的に行動を選択し決めるのはクライアントなのです。
■Possession(身につけるもの)の詳細
Possesionの視点では、コーチは「クライアントが目標達成のために備えるもの」について扱います。
たとえば、本人のモデルとなる人の行動から必要なスキルを明確にしたり、コーチから必要なスキルを提案することもあります。
課題達成のために必要となるPossessionには、知識、スキル、人脈、資金、資格など様々です。
それらから目標達成のために自分には何がどの程度必要かを明確にして、それを獲得するためのアクションプランを考えます。
例えば、管理職が自身の業務が多忙の中、メンバーとより関わるために必要なものとして以下が挙げられます。
・部下が失敗する前に部下から相談に来る仕組みをつくる
・部下ともっと関われるようにタイムマネジメントスキルを身につける
・部下の状態をより効率的に把握するスキルを身につける(日報など)
・自分ではない誰かが部下をフォローする仕組みをつくる
1つの問題に対しても、いくつかの選択肢があります。コーチは対話の場で幅広く選択肢が出るようにし、現状で一番有効な選択ができるように対話を進めます。そして、それを身につけるためにどうしていくかをクライアントと考えます。
■Behavior(行動)の詳細
スキルや知識といったPossessionが揃っても行動が起こせないことがあります。行動が起きない背景と、それに対してコーチがどう関わるかを説明します。
行動が起きるまでには4つの壁を乗り越える必要があります。
壁①:目標の決断度合い(コミットメント)が低いため行動が起こらない
いつまでたっても「忙しいからできなかった。明日からやります」という場合です。これは、実行しなくても危機は訪れず、他を優先させて、決めたことは実行しないほうがメリットが高いと考えているPresenceがあるためです。
壁②:やる気はあるものの、何をしたらいいのか分からない
この場合は、Possessionそのものが不足しています。知識としてのPossessionが不足しているため、どうしたらいいのか分からない状態です。この場合は、前述したPossessionの視点でコーチングすることで前進を促します。
壁③:知識・スキルをどう使ったらいいのか、具体的にわからない
これは、Possessionがあるのにその適用方法が分からないという状態です。研修を受けたけれども現場ではなかなか使えないというのは、まさにこの状態です。
壁④:変化を起こせない
スキルも意思も十分にあり、実施方法も分かっているけれども、一歩を踏み出せないという状態です。
壁①の対応は、Presenceの詳細でご説明します。
壁②の対応は、Possessionの詳細で説明した通りです。
壁③の対応は、身につけた知識やスキルを現場で使うためには、どう使うのかという適用方法を考える必要があります。Possessionの力を発揮するには、現状に適用するというステップが必要なのです。
コーチは、クライアントに質問することで、いつ、何に、どうやって使うかまで会話の中で明確にし、イメージをもってもらいます。スキルを使う対象やタイミングが明確になることで、行動が起きる可能性が高まります。
はじめはうまくスキルを使えないかもしれませんが、行動をした後のセッションで、うまくいったのか、どうだったのかを振り返り、自分の現状に適用した行動へのさらにブラッシュアップしていきます。
また、逆に使っていないPossissionを見つけ、引き出し、現状に適用させて行動を促進することもあります。
壁④の対応は、クライアントに行動を「宣言」してもらうことです。
人は新しい行動をはじめること、そのものに抵抗を覚えます。これは「現状維持のバイアス」として学術的にも知られています。これを乗り越え「新しい行動」という変化をクライアントが起こせるように支援するために「宣言」をしてもらうのです。
宣言することのメリットは3つあります。
①約束を守ろうとする気持ちが動く
②行動が具体化する
③コーチがクライアントのコミットメントを知ることができる
また、コーチングでは行動を起こした時点だけでなく、起こした行動を振り返ることも重要です。
振り返ることは、クライアントが成長を実感することに役立ちます。
■Presence(考え方、信念)の詳細
Presenceは、その人がこれまでの人生で得た成功体験によってつくられています。これは、メンバーから管理職に昇格して役割が変わった場合など、環境や役割の変化があった場合に、その変化に対応せずに、同じPresenceを持ち続けていると、いつの間にかそのPresenceが現状とマッチせず、成長の妨げになってしまうことがあります。
現在のパフォーマンスを最大化するためには、現在必要とされているPresenceを選択することが重要なのです。
しかしながら、現在の状況に合わせてPresenceを把握し、選択することは簡単ではありません。そもそも、なかなか自分のPresenceを自覚することが難しいのです。
Presenceを考えるための質問例
・価値観や座右の銘は何でしょうか?
・その価値を大事にしている理由はなんでしょうか?
・いつからその価値を大事にしているのでしょうか?
・その考え方が大事だと身につけたときと比べて、いま違うことは何でしょうか?
・その価値が仕事で現れてくるのはどんなときでしょうか?
ここまで説明した3つのPBPの視点は、それぞれが相互に影響し合っています。
コーチングにおいては相手のどの要素を扱うのがよいのかを厳密に考えるよりも、相手の成長を考えるガイドラインとしてPBPを利用し、多面的にアプローチすることが重要です。