自律的モチベーションの高め方:働き方改革の現状と「心のマネジメント」という新課題

はじめに

 2019年の働き方改革関連法施行から5年が経過しました。テレワークの普及、フレックスタイム制の導入、副業解禁など、働く場所や時間の自由度は確実に高まっています。しかし、現場からは「自由度は増したものの、むしろ疲弊している」という声も少なくありません。働き方改革の次なるステージでは、制度改革だけでなく、働く人々の「心のマネジメント」が重要な課題となっています。

 九州大学大学院人間環境学研究院の池田浩准教授は、産業・組織心理学の専門家として、この新たな課題に着目し、「制度の次は、心のマネジメントへ」と提唱しています。本記事では、池田准教授の研究成果をもとに、働く人々が自らモチベーションを高め、効果的に働き方を調整する具体的な方策をご紹介します。


働き方改革の現状と今後の課題

進展する制度改革と新たな課題の顕在化

 働き方改革は着実に進展してきました。パーソル研究所の調査によれば、2020年4月の緊急事態宣言後、テレワーク実施率は27.9%まで上昇し、その後も20%台を維持しています。時間と場所にとらわれない働き方が、一部の業種や職種では定着しつつあると言えるでしょう。

 しかし、「月間先端教育」で池田准教授が指摘するように、制度改革だけでは働き方改革の実現は道半ばです。自由な働き方が可能になった一方で、新たな課題が浮かび上がってきています。

テレワークがもたらした3つの変化

 池田准教授の研究論文では、テレワーク下での働き方の変化として、次の3点が明らかにされています。

 まず、同僚とのコミュニケーションやチームワークの取りづらさです。職場から離れた場所で働くため、デジタルツールを介したやり取りが中心となり、対面と比べて情報共有や協力行動が難しくなっています。

 次に、従業員自身の心理的な変化があります。通勤ストレスの減少というメリットがある一方で、「モチベーションが上がらない」「モチベーション管理が難しい」という課題も報告されています。

 最後に、ワークライフバランスへの影響です。家事や育児の時間が確保しやすくなる反面、仕事とプライベートの切り替えが困難になるという矛盾した側面があります。

自律性が問われる時代へ

 これらの課題に共通するのは、従業員一人ひとりの「自律性」が強く問われるようになったという点です。かつてのように組織で定められた時間に出勤し、上司や同僚の目がある環境で働くのではなく、自らモチベーションを管理し、業務を調整する力が必要とされています。

 池田准教授は日本労働研究雑誌の論文において、働き方改革に伴い「一人ひとりの自律的なワークモチベーションが一層求められるようになる」と指摘しています。


求められる「自律的モチベーション」

ワーク・モチベーションの3次元

 池田准教授の研究によれば、ワーク・モチベーションは「方向性」「強度」「持続性」の3次元から構成されています。単なる「やる気」という曖昧な概念ではなく、構造化された心理プロセスとして捉えることが重要です。

 方向性(Direction)とは、目標を「なぜ」「どのように」成し遂げるのかという明確性を意味します。エネルギーを注ぐべき対象を定める役割を果たします。

 強度(Strength)は、目標実現に向けた努力の量や意識の高さです。注力すべき場面でエネルギーの出力を適切に高めることができるかが問われます。

 持続性(Persistence)は、目標追求のために費やす時間の長さや継続性を指します。困難に直面しても取り組み続ける力が含まれます。

外発的動機づけから自律的動機づけへ

 池田准教授の論文で詳述されている自己決定理論では、外発的モチベーションにも自己決定の度合いによって4つの段階があるとされています。

 最も他律的な「外的調整」は、報酬や評価を得るため、罰を避けるためだけに働いている状態です。次の「取り入れ的調整」は、評価されることを求め、恥や不安を避けるために動機づけられている段階です。

 より自律的な「同一化的調整」では、目標達成や成長に必要だと考えて取り組むようになります。最も自律的な「統合的調整」に達すると、行為と自らの価値が矛盾なく統合され、その仕事をすることが自然で楽しいと感じられます。

 重要なのは、外的な報酬が関わっていても、職務に対する意味づけや自己決定のあり方によって、他律的なモチベーションから自律的なモチベーションへと変わりうるという点です。組織で働く以上、完全に内発的な動機だけで働くことは困難ですが、与えられた職務の意義を自ら見出すことで、自律的に取り組めるようになります。


自らモチベーションに火をつける方策

ジョブ・クラフティング:職務を主体的に再設計する

 池田准教授が特に注目しているのが「ジョブ・クラフティング」という手法です。これは、従業員が主体的に自らの職務をデザインし直すことで、やりがいを見出す取り組みです。

 具体的には3つのアプローチがあります。1つ目は「対人的な交流のあり方の見直し」です。職務に関わる人間関係を積極的に調整することで、仕事の意味合いを変えることができます。

 2つ目は「職務の目的の再定義」です。「何のためにこの仕事をしているのか」という認識を変えることで、同じ作業でも異なる価値を見出せるようになります。

 3つ目は「職務の意義の自発的な見直し」です。組織から与えられた意味ではなく、自分なりに仕事の価値を再発見していきます。

テレワーク時代の5つの自己調整方略

 池田准教授のテレワークに関する研究では、課題遂行過程を「着手段階」「中途段階」「結果・完了段階」の3段階に分け、それぞれで効果的な自己調整方略が明らかにされています。

【図表1】課題遂行過程と自己調整方略

段階方略内容効果
着手段階目標焦点化方略仕事の目標を意識してモチベーションを鼓舞するモチベーション向上
中途段階タスク意識化方略1日の仕事の段取りを意識する情報共有・チームワーク向上
中途段階モニタリング方略仕事の進捗状況を俯瞰的に把握するチームワーク・情報共有促進
中途段階メリハリ方略適宜休憩を取り、集中する工夫をするワークライフバランス促進
結果・完了段階自己報酬方略成果を自己評価し、自分に報酬を与えるストレス減少・モチベーション向上

目標焦点化方略は、着手段階で「やってみよう」という気持ちを引き出します。研究では、この方略がテレワーク下でもモチベーションを向上させる効果が実証されています。

タスク意識化方略モニタリング方略は、中途段階で仕事の遂行状況を俯瞰的に理解し、調整する方法です。これらは自らの仕事だけに没頭するのではなく、同僚との情報共有やチームワーク行動を促進する効果があります。

メリハリ方略も中途段階で活用されます。適宜休憩を挟み、気持ちを切り替えることで、仕事と家事を適切に切り替え、ワークライフバランスを向上させます。

自己報酬方略は結果・完了段階で効果を発揮します。テレワークでは上司や同僚からの賞賛が直接届きにくいため、自らが自身に物理的・精神的な報酬を与えることが、ストレス減少とモチベーション維持につながります。

多側面モチベーションの理解

 池田准教授の研究では、モチベーションが職務の特性に応じて多様な側面を持つことが示されています。

達成志向モチベーションは、あらゆる職務で普遍的に求められる中核的なモチベーションです。これに加えて、同僚と業績を競う職務では「競争志向モチベーション」、チームで働く仕事では「協力志向モチベーション」が必要とされます。

 絶えず新しい知識やスキルを身につける必要がある仕事では「学習志向モチベーション」が、医療や安全の現場など失敗を回避して業務を完遂する仕事では「安全志向モチベーション」が求められます。

自分の職務がどのような特性を持ち、どのようなモチベーションが必要かを理解することで、より効果的な自己管理が可能になります。


他者のモチベーションに火をつける

伝統的リーダーシップの限界

 池田准教授の研究では、テレワーク環境下では伝統的な課題志向や人間関係志向のリーダーシップが十分に機能しないことが示されています。上司とメンバーがそれぞれ離れた場所で働く状況では、直接的な管理監督が困難になるためです。

 バーチャルチーム研究の知見によれば、リーダーとメンバーとの直接的かつ対面的なコンタクトが欠けるため、階層的リーダーシップは不利になります。その機能を補完する構造的な支援が必要とされています。

上司からの「被信頼感」の重要性

 テレワーク下で自己調整方略を促進する要因として、池田准教授の実証研究で明らかになったのが、上司からの「被信頼感」です。これは、上司から信頼されているという感覚を指します。

 研究結果によれば、伝統的なリーダーシップ行動は自己調整方略との関連性が見られなかった一方で、上司からの被信頼感は自己調整方略と正の関連性を持つことが確認されています。

 上司から十分な信頼が得られていると感じられれば、そこに責任感が生まれます。与えられた役割や目標達成を実現するために必要なことを自ら考えるようになり、従業員が自律的に働く自己調整方略を促進するのです。

サーバント・リーダーシップの可能性

 池田准教授は九州大学研究者情報において、サーバント・リーダーシップを主たる研究テーマの一つとしています。

 サーバント・リーダーシップとは、従業員の職務遂行と成長を支援するリーダーシップです。その具体的な行動の一つが、従業員に期待と信頼を寄せることであり、これがフォロワーの自律性を促進することが示唆されています。

 テレワーク時代のマネジメントでは、管理監督から信頼と自律を促進するリーダーシップへの転換が求められています。


まとめ

働き方改革の次なる課題は「心のマネジメント」

 働き方改革によって、働く「時間」や「場所」の自由度は確実に高まりました。しかし、池田浩准教授の一連の研究が明らかにしているのは、制度改革だけでは不十分であり、働く人々の「心のマネジメント」こそが次なる課題だということです。

 テレワークやフレックスタイムなどの制度が整っても、従業員がモチベーションを自律的に管理し、効果的に働き方を調整できなければ、かえって疲弊してしまいます。ジョブ・クラフティングや自己調整方略といった具体的な手法を身につけることが、これからの時代には不可欠です。

自由をどう活かすかが問われる時代

 働き方改革によって得られた自由は、諸刃の剣とも言えます。その自由をどう活かすかは、一人ひとりの働く人々に委ねられています。

 池田准教授が提唱する自律的モチベーションの概念は、この問いへの答えを示しています。外発的な動機づけであっても、職務の意義を自ら見出し、自己決定の度合いを高めることで、自律的に働けるようになります。目標焦点化、タスク意識化、モニタリング、メリハリ、自己報酬といった具体的な方略を実践することで、テレワーク下でも効果的に働くことが可能です。

 マネジメントする側も、伝統的な管理監督から、信頼と自律を促進するリーダーシップへと転換が求められています。上司からの被信頼感が従業員の自己調整を促すという研究知見は、これからの組織マネジメントに重要な示唆を与えています。

 働き方改革の真の成功は、制度の整備だけでなく、働く人々一人ひとりが自らモチベーションに火をつけ、心を適切にマネジメントできるようになって初めて実現すると言えるでしょう。



参考文献・関連リンク


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