人的資本開示④ 開示が企業価値向上に繋がる理由
今回は、人的資本開示が企業価値向上につながる理由を、主な開示対象であり企業の重要なステークホルダーである「投資家」「従業員」「労働市場」の3つの視点から考えてみたいと思います。
1.「投資家」にとっての企業価値向上
最も企業価値判断に大きく影響する投資家にとって「企業価値」の意味がESG投資全盛時代になったことで大きく変化してきています。
ESG投資が生まれる前までは、企業価値は経済的利益から算出される財務情報による価値によって算出されるものでしたが、2006年に国連が責任投資原則(PRI:Principle of Responsible Investment)を取りまとめて以降、その意味が変わってきました。
PRIに署名した投資家はESG重視のスタンスをとり、企業活動がこれまでの財務情報による価値だけではなく、社会価値(非財務情報)を加えて企業価値を総合的に判断するようになりました。
よって、企業経営者は非財務であっても重要なESG要素としての人的資本開示を積極化していくことによって、より多くのESG投資家の関心を惹きつけることができ、投資対象に選ばれ、結果として企業価値の向上につなげていけるようになりつつあります。
2.「従業員」にとっての企業価値向上
従業員を取り巻く環境は劇的に変化しています。特に新型コロナによるパンデミックが新しいワークスタイルを一気に普及させており、この流れは定着していくことが確実な情勢です。このようなテレワークシフトにおいて、企業と従業員とのコミュニケーションスタイルも変化していかざるを得ません。
阿吽の呼吸で仕事を行えるような環境ではなくなり、仕事帰りの一杯で濃密なコミュニケーション機会が確保できない状況下では、1on1ミーティングなどで企業情報や従業員同士の相互コミュニケーションを補完する必要があります。
企業はそのような環境の変化に対応し、企業と従業員の新しい絆づくりのためのコミュニケーション活動の一環として、人材育成方針や評価基準などを積極的に従業員に発信していくべきでしょう。
特に若年層に、これからのキャリアを真剣に考え、行動する成長意欲の高い働き手が増えてきています。そのような働き手に対し、「スキルアップの仕組み」や「成果に報いる制度」を通じて、成長を後押しするよう投資を強化することを従業員に伝えることができれば、従業員のモチベーションが向上し、その総和が、企業成長と企業価値向上に直結する流れを生み出していくでしょう。
3.「労働市場」における影響
労働市場は、ITテクノロジーの進化によって構造変化が起きています。従来の労働集約的な仕事はPCによって代替され、リスキリングが必要な状況が生まれています。そしてコロナ禍がその傾向を加速させていることを実感している方も多いのではないでしょうか。
日本においても2018年9月に経済産業省が「第4次産業革命センター」を設立し、様々な産業分野で進展する労働市場の構造変化を指摘しました。
かかる状況下で、DX推進を担う高度スキル人材を外部労働市場から採用することが、企業活動におけるイノベーション創造のための重要な取り組みとなっていますが、高度スキル人材に対する労働市場の需要と供給のギャップが非常に大きくなっています。
一方、優秀な採用応募者の視点からは、以下のような点を重視して企業を選択します。
・自身のスキルを活かして価値貢献できるか
・キャリア成長のための投資を積極的に行ってくれるか
・成長実感を得られる機会とポジションを与えてもらえそうか
・お互いに価値観を共有し、尊敬できる仲間がいるか
そのため、企業は自社の人的資本に対してどのような投資を行っているか(報酬水準、人材開発への取組み、キャリア成長のための多様なキャリアパス等)を積極的に開示することは、DX高度スキル人材のような優秀な採用応募者を惹きつけるために、極めて有効な打ち手となるでしょう。