人的資本経営における「データドリブンなPDCAサイクル」

本記事では、人的資本経営の要となる「データドリブンなPDCAサイクル」について解説します。経営・人材戦略と連動した人事施策をデータに基づいて計画・実行・検証・改善する手法の本質や、KDDI・オリンパスなどの先進企業事例、さらに人事担当者に必要な統計学の基礎知識や戦略思考力などのスキルセットを詳しく紹介。ただのデータ収集にとどまらない、企業価値向上に直結する実践的アプローチを学べます。
1. 人的資本経営における「データドリブンなPDCAサイクル」とは
人的資本経営の推進が叫ばれる中、「データドリブンなPDCAサイクル」はその中核要素として注目されています。これは単なるスローガンではなく、企業の持続的成長に直結する重要な経営手法です。
データドリブンなPDCAサイクルの定義
データドリブンなPDCAサイクルとは、人的資本経営の実践において、経営・人材戦略と連動した人事施策をデータ(定量指標・サーベイ・KPIなど)に基づいて計画(Plan)、実行(Do)、検証(Check)、改善(Act)するサイクルを回すことで、組織や人材の状態・施策効果を継続的に可視化・最適化していく経営手法です。
従来の「勘と経験」に頼った人事判断から脱却し、客観的なデータに基づいて意思決定を行うことで、より効果的な人材戦略の策定と実行が可能になります。
データドリブンなPDCAサイクルの主要構成要素
- 組織や人材育成の目標・指標の数値化と明確化
抽象的な目標ではなく、測定可能なKPIを設定し、組織全体で共有します。 - データの収集と一元管理
評価結果、エンゲージメントスコア、ダイバーシティ指標、研修受講数など、様々な人事データを体系的に収集・管理します。 - 定期的なデータ分析と現状把握
サーベイや人事システム、ピープルアナリティクスなどを活用し、現状分析や施策進捗・課題を定期的に確認します。 - 施策効果の測定と継続的改善
実施した施策の効果を定量的・定性的に測定し、次の施策に反映させるPDCAサイクルを回し続けます。

2. 企業における好事例
人的資本経営における「データドリブンなPDCAサイクル」の好事例として、いくつかの先進企業の取り組みを紹介します。
KDDI株式会社:ピープルアナリティクス部門の設置によるデータ活用
KDDIでは「人的資本経営の実現に向け、データの利活用を重視」し、各種人事データを横断的に分析するピープルアナリティクス部門を設置しています。中期経営戦略で掲げるプロ人材の育成や、多様な人材がいきいきと働く環境の整備に向けて、様々な人事データを集約し、施策実現に向けたPDCAを推進しています。
注目すべき点は、「人事領域ではデータの海に溺れやすい」という認識のもと、中期経営戦略の注力領域に絞り込んでデータ活用を推進していることです。全てのデータを集めるのではなく、戦略的に重要なデータに焦点を当てることで、効率的かつ効果的なPDCAサイクルを実現しています。
オリンパス株式会社:組織文化実現のためのデータドリブンアプローチ
オリンパスでは「目指す組織文化の実現に向けたPDCAの推進」を重視しています。経営理念の実現に向けて「健やかな組織文化」を目指し、その実現に必要な要素を明確化。グローバル共通人事制度や研修を展開するとともに、コアバリュー理解やエンゲージメントを定期的に調査し、「組織文化づくりの進捗確認」をデータドリブンでPDCAサイクルとして回しています。
特筆すべきは「各職場ですぐに実践できるアクション」を具体的に示し、職場の自律的な改善を促進している点です。トップダウンの文化変革ではなく、データに基づいた具体的なアクションを現場レベルで実践することで、全社的な変革を実現しています。
ベルシステム24:人事施策のPDCAサイクルによる多様な人材の活躍促進
ベルシステム24は、「人的資本調査2024」において「人的資本経営品質2024(ゴールド)」に選定されました。その評価ポイントは、経営戦略と人的資本戦略を連動させ、多様な人材の活躍に向け人事施策のPDCAサイクルを確実に実行している点です。
データドリブンな人事施策の計画・実行・検証・改善が、多様な人材の活躍促進という具体的な成果につながっていることが高く評価されています。
3. 人事担当者に必要なスキル
人的資本経営において「データドリブンなPDCAサイクル」を回すために、人事担当者はどのようなスキルを身につける必要があるのでしょうか。

データ分析・活用スキル
- 統計学の基礎知識
データの特性や傾向を理解し、正確に解釈するための統計学の基礎知識が必要です。相関と因果関係の違いを理解し、適切な分析手法を選択できる力が求められます。 - データ可視化能力
複雑なデータを分かりやすくグラフや図表に可視化し、経営層や現場に対して効果的に情報を伝える能力が重要です。 - 分析ツールの操作スキル
ExcelのピボットテーブルやBIツール(Tableau、Power BIなど)、統計解析ツールなどを使いこなすスキルが役立ちます。 - 人事データの特性理解
人事データの特性(個人情報保護の観点、バイアスの可能性など)を理解し、適切に取り扱うための知識が必要です。
ビジネス理解力・戦略思考
- 経営戦略の理解力
自社の経営戦略や事業モデルを深く理解し、それに必要な人材要件を定義できる能力が求められます。 - 戦略的思考力
データから得られた洞察を経営戦略や人材戦略にどう活かすか、戦略的に思考する力が重要です。 - 事業課題の把握能力
各事業部門の特性や課題を理解し、適切な人材施策を提案できる能力が必要です。
コミュニケーション力・変革推進力
- データストーリーテリング能力
データ分析の結果を単なる数字ではなく、説得力のあるストーリーとして伝える能力が重要です。 - ステークホルダーマネジメント
経営層、事業部門、従業員など様々なステークホルダーの理解と協力を得る力が必要です。 - チェンジマネジメントスキル
データに基づいた施策を実行に移し、組織変革を推進する力が求められます。
プロジェクトマネジメント力
- 目標設定・KPI管理能力
測定可能な目標やKPIを設定し、進捗を管理する能力が重要です。 - PDCAサイクルの運用能力
施策の効果測定をもとに、継続的に改善サイクルを回す能力が必要です。 - タイムリーな施策実行力
データから課題を特定し、適切なタイミングで施策を実行する機動力が求められます。
まとめ:データドリブンなPDCAサイクルが人的資本経営を成功に導く
人的資本経営におけるデータドリブンなPDCAサイクルは、単なるデータ収集や分析にとどまるものではありません。データを活用して「経営戦略の実現に必要な人材要件の明確化」「キャリア支援全体を包括した施策の設計」「従業員が共感しやすい浸透方法の検討」を行い、継続的に改善することが重要です。
経営層を中心に、施策を実行する人事担当者と現場のマネージャーを巻き込んだ全社的な取り組みがあってこそ、真の人的資本経営が実現できるのです。人事部門は「オペレーション」から「経営マターの戦略」へと進化し、企業価値の向上に直接貢献する部門としての役割を果たすことが期待されています。
人材こそが企業の競争力の源泉である時代において、データドリブンなPDCAサイクルを構築し、運用できる組織が、持続的な企業価値向上を実現できるでしょう。
参考資料:
- 人的資本経営コンソーシアム「好事例集」 人的資本経営コンソーシアム
- 「ピープルアナリティクスの教科書」 一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会
- 「人的資本経営を成功に導く「人事施策設計」3つの重要ポイント」 SmartHR Mag