人事制度改定⑤ 報酬
1.報酬制度の役割
ここでは、人事制度の主要要素である報酬制度について解説します。
報酬制度とはその名の通り社員の貢献に対して報いるための仕組みです。
報酬といっても、様々な種類がありますが、基本となるのは、やはり「基本給」です。ここでは、基本給の設計と運用についてを主に解説しつつ、その他の報酬(賞与など)の設定についても触れていきたいと思います。
※前回までの内容はこちら
2.報酬制度の詳細分析
・報酬における3つのポイント
現状の報酬制度については、①報酬の傾き(昇給ペース)②報酬の広がり(バラつき)③報酬水準 の3点を確認します。
これらについては、年収だけでなく、月例給(時間外手当あり)、同(時間外手当なし)の3パターンをそれぞれ確認します。
①報酬の傾き(昇給ペース)
等級が上がるにつれて、あるいは、同等級内部での一定の幅により、給与が上昇します。等級の特性(一般職か管理職かなど)にふさわしい昇給・降給ペースになっているのかという点を確認します。
②報酬の広がり(バラつき)
同年齢における報酬の差を見ます。①の傾きが右肩上がりで、かつ、この広がりが全く、あるいはほとんどないのが、年齢に応じて自動的に報酬が決まる、いわゆる年功序列型の報酬体系です。逆に、成果主義的な要素が大きい報酬体系では、広がりが大きくなります。これはどちらが良い、悪いというものではありません。しかし、例えば「当社は年功に関係ない実力主義で評価します」という方針を掲げておきながら、高年齢になってもあまり幅が広がらないままで推移しているのであれば、それは方針と実態が異なっていることが分かります。報酬制度に求める考え方と、実態が一致しているかどうかを確認するということです。
③報酬水準
報酬額の水準です。各等級にふさわしい水準になっているのか、また、同業、同規模の他社の平均と比べて、どの程度の水準にあるのかといった点を確認します。
日本国内における賃金の平均については、厚生労働省が毎年公表している「賃金構造基本統計調査」で、国内の平均賃金から、企業規模別平均、産業別平均、役職別平均といった詳細なデータまで分かります。
・社員の関心は評価の報酬への反映
社員の報酬の関心が高いものとして「誰がどれだけもらっているのか」ということです。実は、これが意外と重要なのです。社員は、自分自身の報酬に対する満足・不満足ということも感じますが、「あんな仕事しかしていないあの人が、あれだけもらっている」ということに対する不満足を感じる場合も、非常によくあります。評価と報酬の反映への関心が高いということです。
3.報酬の種類を把握する
報酬制度にも、様々な種類があります。大きく固定的なものと、流動的なものに分けられ、最も固定的なものが月例給とも呼ばれる基本給です。あとは給与に付加して支給される手当、時間外手当、交通費などの基準外賃金があります。
流動的な性質のものは、賞与がありますが、賞与もその一部は固定的なものとして支給しているものもあります。100%業績に応じて支給される決算賞与のようなものが、流動性の高い賞与です。されに、永年勤続、各種コンテスト、あるいは特別に高い貢献をした者に対する褒賞があります。
特に、より会社のモデル人材になっている社員に報いるためには「褒賞」をうまく活用するといいでしょう。

4.報酬レンジの種類とレンジのつくり方
各等級に賃金水準を設定してくときの基本事項として、同一等級内での基本給の変動(昇給・降給)幅をどれくらい持たせるのかという点があります。これを「報酬レンジ」と呼んでいます。細かく見ると、報酬レンジには4種類あります。なお、これはあくまで、手当などを除いた基本給についての話である点に留意してください。

・シングルレート
これは、同一等級内では昇給・降給がないというパターンです。つまり、昇給するためには等級が上がらなければならないという設計です。
・レンジレート(範囲給)
同一等級内でも昇給・降給があり、賃金に幅を持たせることができる設計が、レンジレートです。レンジレートにはさらに3種類あります。
①階差型
ある等級の賃金額の上限・下限が隣接する上下の等級と重ならない金額に設定されているタイプです。
これも、シングルレートに近い、昇格メリットが大きい設計になります。また、時間外手当をつけても上の等級と総賃金が逆転する事態が起こりにくいので、下位等級で残業をたくさんやっている人の方が、上位等級の人より給与が多くなるということが避けやすいのもメリットです。
ただし、シングルレートと同じように、昇格のインパクトが大きいので、会社からすると昇格させたときの労務費負担の増加幅が大きくなります。逆に、降格したときには当人が受けるマイナスインパクトが大きくなります。
②接続型
ある等級の賃金額の上限・下限が、隣接する上下等級の上限・下限と連続する金額に設定されているタイプです。階差型と、次に説明する重複型との中間のような仕組みです。
③重複型
ある等級の賃金幅が、隣接する上下等級の賃金幅と一部重なって設定されるタイプです。
重複型では、昇格または降格した場合でも、賃金の変動幅は少なくなります。会社から見ると、昇格させても労務費負担の増加幅が、階差型や接続型に比べれば少なくなる可能性が高いことになります。一方、降格させた場合は、等級は落ちるけれども給与の処遇は前に近い水準で維持されるため、とりあえず格だけ下げられます。つまり、他のタイプと比べて、昇降格のインパクトが会社にも本人にも少ないため、運用しやすい設計だといえます。
ただし、時間外手当がつく場合は、階差型のところで説明したことと反対に、逆転現象が起こりやすく、「下の等級でこんなに貰えるんだったら、無理して昇格する必要はない」ということにもつながりかねないので注意が必要です。
特に、一般職層と管理職層の間には、一定の賃金差がないと、逆転現象が起こりやすいだけでなく、労働基準法の「管理監督者要件」にも抵触する可能性が出てきますので、注意が必要です。
・報酬レンジのつくり方
レンジレート(範囲給)を採用する場合、どうやって各等級の報酬レンジを決めるのかという点を説明します。
まず、普通は何年くらいその等級にいるのかという、『標準的な経年』が基準となります。
ただし、評価が下がって同一等級内で降給させなければならない場合もあります。あるいは、標準的な経年よりも長い年数、その等級に留まる人もいます。それらを加味して、上下にそれぞれ幅を増やします。すると、この等級の報酬レンジになります。

5.昇給・降給方法の設定
同一等級において、評価が変化したときに、どのように昇降給させるのかという点の設計について説明します。
これには、主な考え方として『洗替方式』『号棒表方式』『昇給表方式』があります。
・洗替方式
洗替(あらいがえ)方式は、等級ごとに評価による区分をした賃金表があり、評価によってどの区分の賃金になるのかを決める方式です。号棒表方式は、前期の号棒を基準として、そこから経年による加算、または評価による加減で今期の新しい号棒を決めるのに対して、洗替方式では前期の号棒とは関係なく、期ごとの評価に基づいてその都度賃金を決めます。
当然ながら、年功的な要素は全くなく、等級と評価だけに応じた賃金決定になります。
・号棒表方式
日本企業で多く普及していたのが、号棒表方式です。
号棒とは給与の段階設定のことで、等級ごとに数十段階の号棒表が定められているのが号棒表方式です。等級が上がれば、全体的に高い賃金の号棒表になります。つまり、号棒表方式では、まず等級が決まり、次にその等級内で号棒が決まることにより賃金が決まります。
号棒の決定方式ですが、評価と関係なく毎年号棒が上がっていく『単純号棒表方式』と、評価ランクに応じて号棒を加減する『段階号棒表方式』があります。
単純号棒表方式は毎年号棒が上がっていく、いわゆる年功賃金です。一方、段階号棒表方式は、毎年評価をして、評価により号棒が上下するわけですが、基本的には上げる運用が一般的であり、ある程度年功的な推移になります。
・昇給表方式
昇給表方式では、号棒表方式のような細かい段階は設けずに、評価により前期からの昇降給額、または昇降給率を決める方式です。


・報酬レンジと昇降給方法の組み合わせによる報酬制度の性質マップ
以上、説明してきた報酬レンジと、昇降給方法の組み合わせにより、報酬制度を設計していきます。その組み合わせ方により、昇降格が報酬に与えるインパクトが大きい「競争型組織」になるのか、それが小さい「安定型組織」になるのかが分かれます。また、報酬見直し頻度を高くしたい場合と、頻度を低くしたい場合とで、向いている制度が異なります。

[出所]野崎洸太郎、山田博之、小林傑著、『戦略的人事制度のつくりかた』を元に著者作成
6.報酬モデルのつくり方
報酬モデルと、標準的な報酬推移を示すモデルです。
このモデルを作成するためには、会社として考える標準的なキャリアディベロップメントを最初に設定します。例えば大学卒業後に入社をして、20代まではこの等級まで、30代ではこの等級まで進むという標準的なモデルです。もちろん、実際にはそれより早く等級アップが進む人も、遅く進む人もいます。
次に、標準的なキャリアディベロップメントを前提にして、報酬水準などを参照しながら、例えば「30代中盤で一般職のリーダーになったときの報酬はこれくらい、40代序盤で課長になったときはこれくらい」と、定めていきます。
では、それぞれのキャリア段階で、どれくらいの報酬を支払うようにするのかは、人事制度改定の考え方で決まります。例えば「今よりも30代に厚目に支払う一方、40代は少し抑制したい」という形です。
最終的には、会社が望む形での、キャリアディベロップメントに沿った報酬カーブになっているかどうかを確認し、それを報酬モデルとします。
・報酬制度移行時のシュミレーション
報酬制度の移行時には、将来3年くらいの間に、全員が昇給したら毎年大体どれくらい昇給額が発生するのかを、現行制度と新制度でそれぞれ計算して、その差分を求めます。あまり差分が大きすぎると、「この報酬モデルだと労務倒産しちゃうよ」となるので、調整しなければなりません。
7.賞与設計のポイント
ここでは、賞与の種類と賞与を支払うための原資の作り方について説明します。
・賞与の種類は3種類
賞与には、生活保障的な意味合いをもつ「基本給連動型賞与」と、個人や所属する組織の業績に応じて変動する「業績連動算定賞与」、そして会社の決算状態に応じて臨時的に支給する「決算賞与」があります。
人事制度改定のコンセプトにもよりますが、上位等級については、より変動性の高い賞与を設定し、給与と合わせてメリハリある報酬体系にすることがお勧めです。
・賞与原資の算出方式
次に、賞与原資のつくり方を説明します。
賞与原資の算出方式についても、3つのやり方があります。賞与原資が売上に連動するか、営業利益に連動するか、などの比較的変動性が大きい算出方式と、毎年固定費として見込んでおく算出方式です。
・給与と賞与比率を設定する
これまで説明した給与および賞与をどの程度の比率として年収を算出するかを最後に設定する必要があります。こちらもやはり全社一律にするのではなく、上位等級になるほど固定的な給与部分を少なくし、変動性のある賞与を多めにすることで、全社業績・組織業績との連動性が図りやすくなり、より戦略に沿った貢献を促すことに繋がります。
