人事制度改定① 現状分析・改定方向性

 人的資本経営が浸透し、経営戦略と人事戦略を紐付ける重要性が高まりつつありますが、「人事制度」も経営戦略から導き規定されるものに他なりません。

 経営戦略を実行する際に、必要な組織能力を発揮できる人材を定着させ、その能力を最大限に発揮してもらうために、人事制度は重要な施策の一つです。

 人事制度は、主に「等級」、「評価」、「報酬」から構成されており、それらを用いた日々の運用によって実現されるものです。人事制度はハードウェア、それらの運用はソフトウェアのようなもので、どちらがなくても人事制度は成り立ちません。その統合された全体構造が人事制度です。

 経営戦略を迅速に、より確実かつ強力に推進するため、それに資するような人事戦略を設定し、人事制度を抜本的に変えていくことが、今回のテーマとする「人事制度の改定」になります。

当然、人事制度改定にあたっては、人事担当者は経営理念や経営戦略を十分に理解し、経営戦略に関する経営層の想いや意思が確実に反映されているかどうかを意識しながら進める必要があります。

しかしながら、「経営戦略を実現させることが人事制度改定の目的」というだけでは抽象度が高く大まかな方向性に留まるため、それをどのようにブレイクダウンして詳細を設計していくのかを解説していきたいと思います。

[出所]野崎洸太郎、山田博之、小林傑著、『戦略的人事制度のつくりかた』を元に著者作成

①外部環境の把握

 まずは、マクロ的な視点での外部環境分析から初めてみます。

 ここでの外部環境とは、広い意味での経営環境や事業環境ではなく、「人事・労務領域」に視点を置いて分析するといいと思います。

・PEST分析とは

 PEST分析とは、フィリップ・コトラーが、事業戦略やマーケティング戦略策定のために考案した分析フレームワークです。

 PEST分析の「PEST」とは、Politics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)の、4つの言葉の頭文字をつなげたものです。この4つのマクロ的な環境を分析し、その将来を想定することで、最適な戦略の方向を探ろうとするのがPEST分析です。ここでは、人事・労務領域を視点に置いたPESTを分析します。

 例えば、外部環境の変化によって求める人材やスキルなどもPEST分析によってイメージしやすくなりますので、今後の分析に繋がってきます。

・他社の動向

 PEST分析による環境把握に加え、同業他社や同じ地域のベンチマークにすべき企業、グループ会社で押さえておくべき企業などがあればその動向を把握しておくことも重要です。特に採用、育成、処遇に関わる動向を知っておくことは、自社の制度改定を検討する上で有益です。

・この時点であまり考えすぎない

 この時点では、それほど難しく考える必要はありません。人事・労務関連ニュースをチェックし、あるいは、『労政時報』(労務行政社発行)を購読していれば、そのバックナンバーを1年分くらい遡って目を通すくらいで、主要なトピックは押さえられます。

 フレームワークは各要素を厳密に分類することが目的ではなく、あくまで要素を見つけ出したり、考えたりするための導きの糸として利用するものです。

・自社の中期計画などの資料も活用しよう

 自社の中期計画などで、外部環境分析がなされている場合は、その分析内容を活用して、人事・労務領域の目線で検討してみることも有効です。なにより調べる時間が短縮されるだけでなく、会社としてのベクトルも合いやすくなるので有益だと思います。

[出所]野崎洸太郎、山田博之、小林傑著、『戦略的人事制度のつくりかた』を元に著者作成

②経営戦略の把握

 経営戦略策定はトップマネジメントの職務であり、人事担当者がその中核に直接的に関与することは少ないと思います。

 しかし、人事戦略や人事制度は経営戦略から導出されるものなので、人事担当者がそれを十分に理解しておくことは当然必要です。

 経営戦略の理解とは、なぜ、何を目指して、何を、どのように実現するための戦略なのかという内実を確実に理解しておくことが重要です。

 例えば、中期経営計画を策定している会社であれば、その中に経営戦略が描かれているはずですので、そこから抽出するということも可能です。もしそれがない会社であれば、経営層からヒアリングを実施して把握するという手段もあります。その場合は、何を聞けば良いのかという疑問に当たる場合もあるかと思いますので、経営戦略に関して、これだけは最低限おさえておきたいという一般的なポイントを確認していきます。

・成長ステージ別の基本戦略

 まず経営戦略把握のために知っておきたいのが、自社の成長ステージに応じた戦略の考え方の基本です。なぜなら、伸び盛りのスタートアップ企業、成熟した中堅企業、事業が衰退し再生を目指している企業など成長ステージの段階に応じて、採るべき経営戦略が当然異なるためです。それに応じて、人事の基本戦略も変わってきます。

・経営戦略の方向性(アンゾフマトリクス)

 戦略とは「あるべき姿(To be)と現状(As is)とのギャップを埋め、現状を理想に近づけていくための方法です。

 この方法論策定のために、様々なフレームワークが考案されていますが、有名なものとして「アンゾフマトリクス(成長-市場マトリクス)」があります。これは縦軸をターゲット顧客(市場)、横軸を商品・サービス(ビジネスモデル)とした4象限のマトリクスを描き、会社が採りうる経営戦略の選択肢を示すフレームワークです。

成長-市場マトリクスについては、以下を参照ください。

 アンゾフマトリクス(成長-市場マトリクス)で最初に確認すべきは、「自社の経営戦略がどの方向を目指しているのか」という点です。昨今では、既存事業でキャッシュを安定させつつ、新規事業で成長領域を見いだしていく、いわゆる「両利きの経営」をしている企業も多い傾向にあります。

「両利きの経営」については、別途以下をご覧下さい。

・KFS(重要成功要因)から、人事課題を考える

 KFS(Key Factor for Success:重要成功要因)とは、その戦略を成功させる上で、特に重要と思われるやるべき施策です。KFSを実行するのは社員を初めとする「人」になりますので、選択される戦略とKFSが分かれば、そのKFSを実現するための人事領域における課題が見えてきます。

 例えば、「市場浸透」戦略を採ったとすると、KFSは「迅速な拡販」「好事例の早期展開」と設定されたとします。すると、KFSから導かれる人事課題は、それを実現するために「ハイパフォーマーの量産」「生産性の向上」を図るとなるかもしれません。

 

 このようにして、経営戦略から人事戦略を絞り込んでいきます。

[出所]野崎洸太郎、山田博之、小林傑著、『戦略的人事制度のつくりかた』を元に著者作成

③組織構造の把握

 経営戦略の次は、組織構造の把握です。

 組織構造とは、社長から非管理職まで、すべて要素を含めた「詳細な組織図」のことです。現状の組織構造だけではなく、「理想の組織図」を描くことが必要になります。

 現状の組織図に欠けている箇所(部門や機能)、あるいは不要な箇所、さらには縦横のつながり方の変化などが「見える化」できます。

 そして、現在は欠けているけれど、未来には設置したい箇所には「もし今それをつくるとしたら誰を責任者にできるか」を考えて、仮に設定してみます。責任者が埋まらない部分があれば、まさにその部分の人材こそ、これから強化、あるいは補充していかなければならない「重点人材」だということになります。

 さらに、何年くらいでこの理想の組織図へと、移行していければいいか、時間軸も想定します。ここでも戦略的な思考である「あるべき姿(To be)」と「現状(As is)」の双方向から考え、そのギャップを埋めるという考え方が用いられます。

[出所]野崎洸太郎、山田博之、小林傑著、『戦略的人事制度のつくりかた』を元に著者作成

④あるべき人材マネジメントの設定

 ここまで、会社を取り巻く外部環境、経営戦略、組織構造を把握してきました。それらを踏まえて、経営戦略を実現するための、人材マネジメントの「あるべき姿」を設定します。

・人材マネジメントとは

 人材マネジメントとは、採用、配置、育成、評価、報酬、退職といった一連のプロセスをどのように回しているのかという、サイクルの総称です。この人材マネジメントサイクルを実践していく中で、「求める人材像」を育成し、その企業ごとの「組織文化」が醸成されていきます。それらを実現するために、各点の理想を明確にしていきます。ただし、ここでは抽象度高めのあるべき姿を設定します。

・あるべき姿と対比させて現状を把握

 あるべき人材マネジメント設定が済むと、そこから対比して、現状マネジメントを把握できるようになります。

 現状把握は、「あるべき姿」としての人材マネジメント設定ができているからこそ、把握ができると言う点がポイントです。つまり、いきなり現状の人材マネジメントを把握しようとしても、うまくいきません。

 また、当社として事業戦略を実現するために必要な人材、いわゆる「コア人材」に基軸を置いた設定をします。

[出所]野崎洸太郎、山田博之、小林傑著、『戦略的人事制度のつくりかた』を元に著者作成

⑥⑦人材マネジメントの問題設定と人事制度の課題抽出

 「あるべき人材マネジメント」を設定し、「現状の人材マネジメント」を把握すると、両者間にあるギャップが見えてきます。そのギャップが「人材マネジメントの問題」です。

 この「人材マネジメントの問題」を解決することが、人事制度改定のブレイクダウンされた目的になります。そのため、「人材マネジメントの問題」には、制度改定の進行過程において何度も立ち返ることになります。

 例えば、メンバー間の意見が割れたとき、「そもそもなんで制度改定するんだっけ?この問題を解決するためだよね。それなら、これよりもこれの方が適しているだろう」と参照する「立ち戻る場所」になるからです。

 続いて、人材マネジメントの問題設定を通じて、人事制度における課題を抽出します。その課題に対してどのような方向で改定を図り、何を実行するのかを考えるのが「人事制度改定の方向性設定」です。

⑧人事制度改定の方向性設定のポイント

 ここまでのフレームワークで人事制度改定の前提となる共有認識を醸成してきました。これは大局的に見たとき、事業の持続的な発展成長にとって「どういう人材マネジメントが望ましいのか」ということを、関係者全員に論理的に納得してもらうということです。つまり「こういう人が一番高い給料をもらえるし、出世もできる組織に変えよう」ということです。

 重要なポイントとしては、「会社として報いたい人」が、最も深く人事制度改定の必要性を納得してくれるようにすることです。

 人事制度改定は、社内の経営資源配分方法や配分割合の変更と捉えることもできます。経営戦略を変え、経営資源の配分を変えることで、中長期的にそのパイ全体が大きくなれば、全員に利益をもたらされるはずです。しかし、短期的に見れば、経営資源配分の変更により割を食う人、痛みを受ける人が必ず出ます。 

 不利益を被る人は、どこまでいっても、心の中では納得しません。しかし、そういう人たちを納得させる必要はないのです。納得してもらう必要があるのは、あくまで会社として報いたい人たちなのです。

 もちろん、不利益を被る人に心理的なケアをするなどの配慮はあって然るべきです。しかし、現実に経営資源に限りがあり、その配分を変える以上、納得する人としない人が出るという事実を変えることはできません。そのような状況が起きうるという覚悟が、人事制度改定には必要です。

 ここまでの分析をフレームに落とし込むと以下のようになります。

[出所]野崎洸太郎、山田博之、小林傑著、『戦略的人事制度のつくりかた』を元に著者作成

 今回は、主に以下の流れを解説してきました。

[出所]野崎洸太郎、山田博之、小林傑著、『戦略的人事制度のつくりかた』を元に著者作成

 次回は、「 人材ビジョン・人事制度改定コンセプト」について解説していきたいと思います。


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