『両利きの経営』について
既存事業で収益を確保しながら、新規領域を探索し、成長事業を模索していく企業は多いと思います。「両利きの経営」とは、企業活動における「探索」と「深化」という活動が、バランスよく高い次元で取れていることを指しています。
この両利きという概念は、1980年代から行われてきた認知心理学の研究から出てきたものです。不確実性の高い探索を行いながらも、深化によって安定した収益を確保しつつ、そのバランスを取って二兎を追いながら両者を高いレベルで行うことが、「両利きの経営」です。

■両利きの経営を実践するための前提
未来の探索に役立つ形で既存資産を再構成する場合には、リーダーシップが極めて重要と言われています。なぜかというと、探索と深化とでは、求められる組織アラインメント(戦略を人、組織、文化によって、その実行を支えること)や組織能力が根本的に異なり、その舵取りにはリーダーシップの高度な判断・調整が求められるからです。
企業が成熟市場で勝つために必要なことは、新しい市場や技術に必要なことと正反対のことが多く、また、深化で成功すると、往々にして探索がうまくいかなくなる(サクセストラップ)ため、その舵取りが必要になるのです。
■両利きの経営 成功の鍵
両利きの経営を成功させるためには、以下のようなポイントがあります。
1.明確な戦略的意図
既存組織にある資産で活用できるものがあれば、成長領域にも利用できるようにしなければなりません。少なくとも短期的には他で使った方が財務業績の向上に貢献しそうな資源や人材を流用することになるので、経営幹部が、説得力のある根拠を挙げて説明しない限り、近視眼的な圧力によって探索の取組みが損なわれてしまいます。
企業にとっての「戦略的な重要性」や「新規事業に競争優位性をもたらす形」で、既存企業の資産(営業チャネル、製造、共通技術、プラットフォーム、ブランドなど)を活用するか否かの観点で、選択肢を考えてみるといいでしょう。
領域A:戦略的に重要ではなく、オペレーションとの関連性も低い
・既存の企業戦略と整合性がない
・事業をスピンアウト、株式公開して別会社
・ベンチャーキャピタルに売却
領域B:オペレーション面での関連性はあるが、戦略的に重要ではない
・自社にとっての価値に応じて、内製化or外注に出す
例)スマホメーカーの故障修理組織→下請けに出す
※社内スタッフ機能(人事やITなど)の多くはオペレーション面で関係するが、戦略的には重要でないので、引き続き内製で行うか、パートナーにアウトソーシングするかを選ぶことになる。ポイントは自社の資産をより生産的に活用できるかどうか
領域C:戦略的に重要だが、現状の資産や組織能力が活かせない
・最良は、新規事業を独立の事業ユニットとすること
Lある技術やプロセスを置き換えてしまう「代替品」の場合によく見られる
例)ネットフリックス
→郵送レンタルと動画配信のオペレーションを独立させた
※問題は、新しい機会において既存の組織能力をどのくらい活用できるか
従来の考え方が邪魔しないように、完全に別組織にした方がよいか
領域D:戦略的に重要で、中核となる組織能力を活かせる(両利き経営)
・両利きの経営の構想が最も必要とされる戦略的状況
2.経営陣の保護や支援
経営幹部は、既存事業と新規事業との重要な接点でのマネジメントを担うことが重要と言われています。経営幹部が新規事業のスポンサー的な役割を担い、社内や各部署に、探索と深化はどちらも等しく重要だという理解と合意を形成していくことが必要です。
そのためには、経営幹部の報酬が、成長事業を含めた全社的な業績に基づいて決定されることが求められます。
また、既存事業のマネジャーから不満がでるようになっても、新規事業に資源を提供するよう説得するなど、既存事業との不満やカニバリゼーションは、経営幹部が後押しすることが必要ですし、時には、反対する人々を退場させる覚悟も必要となります。
3.対象を絞って統合された適切な組織
新規事業に取組む組織・チームを構造上分離させることが、イノベーションを成功させる鍵と言われています。新規事業各部は、それぞれのKSF(主要成功要因)に合わせた構造、プロセス、組織文化、雇用、報酬制度にするとよいと言われています。ただ、その独立性だけでなく、既存組織の資産や組織能力を必要に応じて利用できるようにすることも必要です。
その際の懸念点は、既存事業側が、必要な統合や利用をさせなかったり、既存事業のシステムや考え方を新規事業に押しつけることが考えられます。
そうなると、新規事業は十分な資源を得られないまま、既存事業に圧倒されてしまったり、既存事業の要求(財務報告、ITシステム、購買、人事プロセスなど)について妥協を迫られ、それが重荷になり、新規事業を停滞させてしまう恐れがあるので、十分な注意が必要です。
大切なのは、必要に応じて本来の資源を十分に利用できるようにすることです。新規事業が十分に大きくなり、顧客からも組織内でも正当性が認められ、戦略的に実行可能であることが証明されたならば、既存組織に戻して統合してもよいでしょう。
4.共通のアイデンティティ
新規事業と既存事業が協力していくことが必要であることを正当化するには共通のビジョンが必要です。共通ビジョンがないと、新規事業と既存事業は、お互いに邪魔や脅威とみなす可能性が高まります。
上記3と4を項目別に記載すると以下のようになります。
全社的に共有:誠実さ、人間尊重、チームワーク、責任感など
別の価値観 :プロジェクト、顧客志向、イノベーション、リスクの取り方など
■まとめ
「両利きの経営」とは、既存事業の深化と新規領域の探索をバランスよく行うことで、企業の安定と成長を両立させる手法です。このためにはリーダーシップの重要性が強調され、経営幹部の保護や支援、明確な戦略的意図、そして共通のビジョンが不可欠です。
また、新規事業と既存事業が適切に協力し合うためには、組織の分離と統合を効果的に行うことが求められます。このアプローチを成功させることで、企業は成熟市場での競争力を維持しつつ、新たな市場や技術への対応も可能となるでしょう。